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ぐらんぴ日記

mixi上で「ぐらんぴ」が書いている日記の引っ越し版です。文字サイズ変更できます。

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情死考

今年はやっぱり暖冬なんでしょうなあ。
一番寒い朝だろうと言われる朝に散歩しても霜柱を見ない。
去年は一度だけ、弱々しいやつだけれど踏むことができた。

http://mixi.jp/view_diary.pl?id=697294258&owner_id=170858

今年は都心での霜柱はダメかな。

明け方の霜柱を踏みながらふと思うのは、これでしょうね↓

この世の名残、夜の名残。死にに行く身を譬(たと)ふれば、仇しが原の道の霜。一足づつに消えてゆく、夢の夢こそあはれなれ。

ご存知、近松門左衛門の「曾根崎心中」。お初徳兵衛道行きの場です。(道行きとは本来、旅をすること=旅行と同じことですが、後世、だいたいが情死のために男女が連れ立って死に場所へ向かうことを指すようになりました)。
ついでにこの後段も書いておきます。

あれ数ふれば暁の、七つの時が六つ鳴りて、残る一つが今生(こんじょう)の、鐘の響きの聞きをさめ、寂滅為楽(じゃくめついらく)と響くなり。

ようやく暗記しましたですよ、この件り。最近とみに鳥頭化が激しく、これだけの文章を暗記するのも容易ではない。
なんでこんな文章を暗記しようかと思ったかというと、『日本音楽史』(服部龍太郎、現代教養文庫、1974/1)を読んでるからです。
大学時代(日芸)、3年までに放送科でのほとんどの履修単位をとってしまったので、4年になると受ける講座がない。仕方がないので演劇科まで行って『日本演劇史』というのを受講してました。
この講師というのが早稲田の演劇科から出張してきた秋庭太郎氏で、当時で60歳ぐらいですかね、頭は剃り上げていつも着流しに渋い羽織姿、もちろん足袋雪駄でぴたぴたと歩いてくる。その立ち居振る舞いが誠によろしくて、ぼくは「男の着物姿もいいものだ」と初めて思ったことです。
後年、この秋庭太郎氏が永井荷風の研究家で『考証永井荷風』など、荷風研究者には必読の書を何冊も出していると知って、あちゃーと思いましたね。まあ、その頃はぼくもまだ永井荷風など一冊も読んでなかったんですが。しかし生前、もっと親しくしておけばよかったなと。
(ときどき神保町かいわいで姿をみかけてたんですが、あれは荷風関係の資料を渉猟してたんでしょうね)。
で、秋庭氏の『日本演劇史』の講義、まことに面白かったんですが、江戸中期あたりで終わってしまった。こちらの知識も中途半端。それで書店でふと目についた服部氏の『日本音楽史』を買って、江戸中期以降を勉強してみようと思ったしだい。何かのおりにちょいちょいと読み進めてるんです。
「こら待て。興味があるのは『日本演劇史』なんだろう。それがどうして『日本音楽史』を読むんだ」
と思う人がいるでしょうが、どっちでもいいんですな。日本の演劇は近代劇以前はすべて音楽劇なんで、音楽を学べば演劇を学んだことになる。その逆もまたほとんど真です。

で、まあ服部氏の書を読んでるとこれが案外面白い。専門家はえてして自分の分野を最上最善のものとするから、門外漢にはつまらない。服部氏は門外漢の目でその分野を概括してくれるんで、つまり「歯に衣を着せない」評論をする。
たとえば能楽については、
「享楽的とか娯楽的な空気は微塵もない。そういう厳粛な雰囲気は、それでよいとしても、純粋に音曲のうえからみると、あまりにも単純素朴であって、この道に親しむひと以外の者にとっては退屈を感じさせる種のものである」
ふつう、教科書でこんな文章は書かないでしょう。ぼくなんか能謡曲を見るたび聞くたび寝てしまうので「おれの頭では能は理解できないのか」と疑うことしばしばでしたが、それが当然なんですねえ。服部氏も能謡曲を見るたび聞くたび寝てるんだと思うと安心できます(いや、実際の上演の場で観客席で寝てる人が多いこと。明らかに評論家と思われる人がいびきをかいて寝てるのを何度も観た)
つまり能狂言はもはや何としても現代の観客を惹きつけて目を覚まさせておく要素を失っている芸術なんですね。寝てしまっても何ら恥じることはない(だったら行くなよ、ですが)

ええとすごく脱線してしまった。情死考だ。
えっと「情死」という意味が分からなくなってるおそれが無きにしも非ずですね。心中、好き合った男女がこの世では添いとげられないと思って一緒に死ぬことです。
「曾根崎心中」「心中天の網島」をはじめとする近松の情死を主題とする浄瑠璃劇やその後継者による作品群「心中物」は18世紀初頭の江戸町民におおいに受け入れられると同時に、多くのカップルを情死に走らせました。もう毎日毎日心中事件が起きるので、報道する価値もない、というぐらい多発したようで、頭を痛めた幕府は1723年(享保八年)に心中物の上演禁止令を出すほどでした。この時近松71歳で、もう人形浄瑠璃の台本は書いてなかったでしょうが。
しかし、演劇ですよ。浄瑠璃は人形劇(だから人形浄瑠璃という)。そのなかで男女が心中するからといって現実の世界で男女がぞくぞくと心中してゆく風潮というのが、現代の我々には理解できない部分があります。
死んで花実が咲くものか。どうしてあっさり心中してしまうのか、この時代の情死がどういうもので、「曾根崎心中」のサワリを覚えたのを機会に、今の心中とどう違うのか、考えてみる気になりました。
ところで、
今は心中する男女がいないなあ。
そう思いませんか。いや自殺する男女は多い。見知らぬ男女が集まって一緒に自殺する例もありますが、愛し合った結果に「情死」を遂げる例はほとんど見受けなくなったような気がします。それはなぜか、少し考えてくださるとありがたい。
(つづきを書く気がおきる)

(この項つづく……かも)
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官能作家・館淳一。趣味は路上観察、雑学研究からセーラー服ウォッチング、美女装子探しまで、なんでも探索。
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