ぐらんぴ日記

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コルセア最後の戦闘



ディヴィッド・ハルバースタムの『朝鮮戦争~The Coldest Winter』下巻をようやく読了。締め切りとの戦いであった。(笑)

米軍が関わったいろんな戦争のなかでもいちばんわけが分からなかった戦争が朝鮮戦争だったが、これを読んでだいたいの概略が分かった。いや、それにしても金日成、毛沢東、スターリン、マッカーサー、トルーマン……といった相応な役者がいながら、全然歴史的に注目されない「世界で最もつまらない」「神も見捨てた」戦争に、なぜなってしまったのだろうか。
この朝鮮戦争全史を読んでまったくカタルシスを得られないのは、(1)愚将がその責任をとらされない、(2)結局、勝敗で決着がつかなかった(朝鮮戦争は「休戦」であって「終戦」していない。いまだ続いている戦争なのである。50年以上も)――の2点に尽きるだろう。
マッカーサーがいかに愚かであったかは、ハルバースタムがこの書を著さなかったら日本人はもとよりアメリカ人にも分からなかったことだろう。
結局マッカーサーは政治家への道を断たれ、晩年は不遇だったと思われるが、それにしてもねえ……。

中国軍が参戦して、鴨緑江まで進出した国連軍(米軍が主体だが)は怒濤のような人海作戦によって38度線の南まで押し戻される。下巻はそこから休戦までの経過を描く。いやはや読んでてほんとにしんどかったですよ。殺しても殺しても中国兵は押し寄せてくるんだから。(そりゃ読んでる自分は米軍に肩入れするからねえ)

そのなかでスカッとしたのは、米軍再反攻のきっかけになった「砥平里の戦闘」の一局面。「双子トンネル」の戦いだった。
何万という中共軍に包囲されひどい損害を受けていたアメリカ陸軍23連隊アイテム(I)中隊とフランス部隊(外人部隊と思われる)は「あと30分もすれば全滅する」という瀬戸際にいた。
制空権は完全に米軍にあったのだが、悪天候で対地攻撃ができない。以下は同書より。

>上空からの援護はどうなのか。スチュアートが逆に聞いた。連絡将校の説明では、数機が上空で待機しているが、雲が厚いのでどうにもならないという。二人が空を見上げたそのときだった。頭上に青空がのぞいていたのである。あれで何とかなるか? スチュアートがたずねると、連絡将校はすぐに上空の飛行機に無線連絡した。「われわれは雲の切れ目の真下にいる。援護が必要だ」
すかさす空からの攻撃が始まった。窮地に陥っていた米兵たちは奇跡かと思った。「ハリウッドの映画のようだった」とフリーマン(注*大佐、連隊長)は書いている。海兵隊コルセア機の編隊だった。


出ましたよ!(笑) ぼくのごひいきコルセアが。\(^o^)/

>1943年2月にガダルカナルで始めて使われた第二次世界大戦中のプロペラ機であるが、50口径機関銃6挺を備え、ロケット弾八発のほか爆弾500ポンドを搭載できるので、この種の作戦にはうってつけの飛行機だった。近代的なジェット戦闘機に比べると目標の上空に長い時間とどまることが出来るので、こうした出撃には理想的だった。(中略)
500ポンド爆弾は地上の兵員を殺傷するための破砕性爆弾(ディジーカッター)だった。まずこれが最後の攻撃のために終結していた中国部隊の頭上に落とされた。次いでロケット弾だった。そのあとが50口径の機銃による掃射である。フリーマンが数えたところでは、(攻撃は)合計24回に及んだ。そしてついに中国兵が敗走しはじめ、戦闘は終わった。


やりましたね。コルセア大活躍。\(^o^)/
朝鮮戦争はソ連が供給したミグ15にアメリカ軍のF86セーバーのジェット戦闘機同士の戦いになっていたけれど、当時のジェット戦闘機は対地攻撃には向いていなかったんですね。地上の目標に対して精密な爆撃、射撃を実施するには、ミサイルが開発されていない当時、速度の速いジェット戦闘機ではうまく攻撃ができなかった。そこで第二次大戦末期に活躍したレシプロ機のF4Uコルセアが対地攻撃用戦闘爆撃機として「活用」されたわけです。
これらは海兵隊所属で(もともと海兵隊専用とされた)黄海、日本海を遊弋していた空母群から発進してたようです。

朝鮮半島での戦いに参戦した中国軍のいちばんの特徴は「人海戦術」でした。昼は動かず夜だけ行軍してじりじり間合いを詰めた大部隊が、最後はいっせいに突撃してくる。まさに兵隊の津波。まあ毛沢東は「どれだけ殺されても最後は勝てばいい」と考えている冷酷無比な指導者でしたから、その攻め方は常軌を逸したものでした。
それに対抗する米軍は、長距離砲、重砲(長距離移動の中共軍は迫撃砲しかもたなかった)と、沿岸部からの戦闘艦による艦砲射撃、そして空からの対地攻撃。そしていちばん威力があったのが、コルセアによる爆撃と銃撃だったわけです。さらにナパーム弾がものすごい威力を発揮しました。
要するにヤシ油を空中散布させて一気に爆発炎上させる。人海戦術には最も適した武器でした。兵士が群れをなしていればいるほどナパーム弾は威力を発揮します。焼いてしまうばかりでなく周辺の酸素を一瞬にして消費してしまうので、焼かれなくても窒息してしまう。これを頭の上からばらまかれてはたまったものではありません。

それにしてもコルセアです。時代遅れのレシプロ機(ピストンエンジンによってプロペラを回す飛行機)が最も活躍したのです。当初、空母搭載機として設計されながら失格とされた非運の機でしたが、だんだんよくなる法華の太鼓ではありませんが、その能力が第二次大戦後も認められて現役でがんばり続けてきたんですからね。その最後の花道が朝鮮戦争だったわけです。

しかし、朝鮮戦争がコルセアの最後の舞台だったわけではないのです。
実はコルセアはあまりにも大量生産されたので、世界中の空軍に貸与されたり売却されました。
以下は Wikipedia からです。

>戦後はアメリカの同盟国に供給され、ラテンアメリカ諸国では長らく現役の座にあった。1969年のサッカー戦争においても使用され、レシプロ戦闘機同士の最後の空中戦を行った。ホンジュラス空軍の本機は、エルサルバドル空軍のP-51を撃墜し、最後の勝利を飾った。ホンジュラス空軍のフェルナンド・ソト大尉は、『最後のコルセア・ライダー』として、ミリタリーファンによく知られる存在である。

フェルナンド・ソト大尉が撃墜したのは3機で、撃墜したなかにはコルセアもあったようです。つまりホンジュラス空軍もエルサルバドル空軍も1969年まではコルセアを制式採用していたんですねえ。
まあ、しかし、このサッカー戦争というのもバカバカしさでは朝鮮戦争よりもバカバカしいかもしれません。

この時のホンジュラス空軍マークをつけたコルセアはハセガワからも限定版としてプラモデルが発売されて、レアものとして高値がついています。(2枚め写真)

というわけで、第二次大戦後のコルセアについて一席述べさせていただきました。興味のないひとはごめんなさいね(って、興味なければここまで読んでないだろうけど)。
ぼくのコルセア偏愛については、こちらにも↓

http://mixi.jp/view_diary.pl?id=289385073&owner_id=170858
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