ぐらんぴ日記

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内田裕也についての二つの考察


内田樹教授のブログによる。

《(高橋源一郎が提唱する)小泉純一郎と内田裕也における「抑圧された反米感情」という、民主党政権とはぜんぜん関係ない話で盛り上がる。
内田裕也の兄は復員兵で、戦後まもなく死んでいる。兄を深く愛していた内田少年は埋められないほどの心理的欠落感を覚える。
その欠落はある日ラジオから聞こえてきた音楽によって満たされる。
それはエルヴィス・プレスリーの曲だった。
プレスリーのうちに内田裕也は「戦いに敗れて、失われた日本の兄」を幻視したのである。
そのあと、半世紀にわたって、内田裕也はロックンロールを通じて「失われた兄たち」の擁護と顕彰を果たそうとした。
彼が都知事選挙に出馬して、英語でスピーチをしたことには深い必然性があったのである。》


むちゃくちゃなようで分かるような気がしないでもない論である。しかしむちゃくちゃだな、やっぱり。(笑)

偶然、今週の『週刊文春』では阿川佐和子が内田裕也をインタビューしていた。兄に関する話題は出なかった。(笑)

自分的に「お」と思った部分は以下。

内田裕也は渡辺プロに在籍していたとき、京都に『ファニーズ』というロックバンドが人気なのを知り、行って説得し、上京させた。
『ザ・タイガース』と改名してナベプロからデビューさせたら、これがすごい人気となった。日本版ビートルズみたいなものだ。
彼らを発見した内田裕也は〔タイガース育ての親」という称号をもらい、おおいに気をよくした。ここまでは周知のことである。

ザ・タイガース東京デビューの頃から、当時芸能記者だったぼくは「タイガース番」として彼らに貼り付いていた。『シーサイドバウンド』はだから歌えるのである。(笑)
あまりにも早く貼り付いたので、他社が入れない楽屋もぼくはフリーパスで入れた。スクープはいくらでもできた。
だからタイガースの内情についてはたいていのことは知っている――と思っていたのだが、内田裕也が阿川佐和子に当時のことを語っている部分で、「そうだったか」とようやく思い知った部分があったのだ。
というのはある時点から裕也の影が失せたことだ。
メンバーにとっては裕也は恐ろしい父親みたいな存在で、芸能界のしきたりを彼らは裕也によって一から教わった。裕也の礼儀正しさ律義さ(あの顔に似合わず)は関係者のよく知るところで、初期のタイガースは裕也の訓育によって非常に態度のよろしい若者というイメージを保った。
余談だが、スパイダースの田辺昭知がタイガースの出現に驚いて、「対抗するグループを見つけなきゃ」といって見つけてきたのが『テンプターズ』である(ご存知ショーケンがヴォーカル)。テンプターズは裕也のような訓育係がいなかったので「大宮のワル」がそのまま露出した。それが受けたのだが、タイガースはその不良性がうらやましく、だんだん表層と内面の意識が分裂してゆく。それは裕也という「原始的圧制の厳父」から離脱する「親離れ」のメタファーとして受け取ると理解できる。

閑話休題。

裕也はタイガースを自分がプロデュースする権利があると思っていて、ナベプロにもそのように伝えていたのだろう。ところがナベプロとしては彼に任せたくない。そこでひそかにタイガースの親たちに話をつけ(なにせ沢田研二以下ほとんど未成年だったからね)ナベプロ専属契約をとりつけてしまう。プロデュース、マネージメントはすべてナベプロ主導となって、裕也はもはやタイガースに手も口も出せなくなった。
その時のことを「おれの気持ちは冷めてしまった」と表現しているけれど、まだ26前後の血気さかんなロケンローラーのことだ、これは激怒したことだろう。ナベプロ上層部(つまり渡辺美佐だ)と相当激しいやりとりがあったに違いない。結局、裕也はそれが原因でナベプロを離脱する。
とはいうけれど、日劇ウエスタンカーニバルには出演していたので、外部的にはナベプロとはうまくやってるように見えた。少なくともぼくは、それに気づかなかった。多分最終的には、裕也は「おれはタイガースから手をひくけれど、ウエスタンカーニバルには出させてもらう」ということで話をつけたのだろう。(ふつうナベプロを離脱したタレントアーティストは干されるのが当然だった)
ぼくは何度かウエスタンカーニバルを取材していて、内田裕也の姿も見ているけれど、楽屋でタイガースがいるところに裕也が顔を出した瞬間、メンバー全員がまるでヒトラーか金正日が現れたかのように緊張しまくってぺこぺこしていたのを見ている。あの緊張感がただものではなかったのは、実は親たちとの関係があったのだな。
親のなかでリーダーシップをとっていたのは岸辺修(サリー)のオヤジで、これは中国で憲兵やっていたといううさんくさい男で、こいつが欲得づくで恩人の裕也切りをやったのだなと、今では推測がつく。
そうだったのか。うーん、知らなかった。そこまで読めてなかったおれは、あまり優秀な記者ではなかったなあ。うん。

若い人には何がなんだかという40年も前の話題であったな。ごめん。
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