ぐらんぴ日記

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荷風と漱石 2011年12月05日 02:49

長らく不思議に思っていることがある。
同時代人でありながら、永井荷風と夏目漱石はほとんど接触がなかった。そしてお互いに相手のことに言及した文章というのが無い。
『断腸亭日乗』でも荷風は漱石のことに一言も費やしていない。ただ漱石の死後、夫婦の内情を暴露した鏡子夫人をあしざまに罵倒している文があるだけ。だからといって二人が不仲だったとも思えない。
荷風は嫌いな人間の悪口を言うのが好きだから(菊池寛などさんざんである)、嫌いだったら日乗にそう書いたはず。ということはまったく関心の外だったのか。
帰朝後の荷風が『冷笑』を朝日新聞に連載したのは、当時朝日新聞社員で文芸欄担当だった漱石の依頼によるものだ。その間は漱石の弟子、森田草平がとりもち、1909年明治42年の秋、荷風は早稲田南町の漱石邸を訪い、漱石と面会している。
そういう関係であったのに、以後、荷風と漱石の間に交流らしき交流は無い。先に逝った漱石の葬儀に荷風は参列していない。
『冷笑』連載直後に荷風は慶応義塾大学に招かれて文学科教授となる。漱石は早稲田人脈の人だから、それがもとで疎遠になったのだろうか。それは、あんまり考えられない。
唯一考えられるのは『冷笑』を書いたことで何かトラブルが発生し、それを機に二人の仲が疎遠になったか、というもの。しかし、そういうことも巷間、伝えられていない。
まあ、生まじめな漱石、ひねくれ道楽者の荷風、二人とも顔をあわせたとたん「ああ、こいつとはウマがあわない」そう思ったと考えるのが妥当なところなのだろうか。
現在、二人の墓は雑司が谷霊園にある。二百メートルほど離れているが、二人が接点をとり戻したといえば言えるような距離ではある。

イイネ!(2) 霞 みゆき(M1号)
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コメント

ぐらんぴ 2011年12月05日 05:51
ちなみに荷風は1879年生まれ、漱石は1867年生まれで、漱石は荷風よりひと回り上になる。荷風が最も尊敬していた文学者は森鴎外で、1862年の生まれである。鴎外には親しみ漱石を疎んじた背景にはなにがあるのだろうか。気になるではないか。

ぐらんぴ 2011年12月05日 11:16
ちなみに荷風ファンと漱石ファンはどうも重ならないようである。私も漱石の小説は苦手だ。荷風にハマると「おたく」化するのも不思議だ。漱石ファンはそうでもない。足跡を辿り、些細な事柄を調べて熱中したりしない。漱石研究は作品論に集中し、荷風研究は私生活を暴く。まあ荷風には『断腸亭日乗』という尽きせぬ一次資料があるからね。

安達O@只今減量中 2011年12月05日 11:42
漱石は英国、荷風は欧州の大陸側、という違いは……いや、これは的外れですね。
コメント

霞 2011年12月05日 12:37
昔は人間関係が密だったから、当然荷風が、挨拶の訪問くらいはするのが普通なんでしょうけれど、荷風は向きたいほうにしか向かない方だったから、大いにあり得ますよね。

戦中、米不足で谷崎潤一郎邸に押しかけたのは、お米のためか、女性という接点があったためか?

近くの雑司ヶ谷墓地で、お尋ねしてきたいような……。
コメント

ぐらんぴ 2011年12月05日 16:37
>安達Oさん 行きたくないのに無理やりイギリスに行かされ、文化になじめず鬱病になった漱石。アメリカでは娼婦と同棲しフランスではフランス文化をエンジョイしまくった荷風。生涯一穴だった漱石、娼妓芸者から女中まで女とみれば必ず手を出した荷風。何から何まで正反対だったからでしょうねえ。『冷笑』は世情批判が表に出過ぎのさほど出来のよくない作品でしたから漱石は満足しなかった。それを察した荷風はあえて近づかなかった――というところですかね。ふつう恩義を受けた人にはそれなりに礼を尽くすのが荷風だったんですけどね。鴎外に対する生涯にわたる崇敬は、彼が自分を慶応の教授に推挙してくれた、その恩義に感じたからですね。

ぐらんぴ 2011年12月05日 18:36
>霞さま 荷風が終戦直前、勝山に疎開していた谷崎を訪問したのは、瀬戸内海沿岸では空襲の被害が多大なので、山間地に避難したかったからでしょうね。それと食料も田舎のほうが豊富ではないかと思っていたようです。それに自分を師と仰ぐ谷崎なら何かと面倒を見てくれるのではないか、という考えもあったのでしょう。谷崎はそれを察して、このあたりも食料事情は悪いし疎開先も少ないといろいろ説得してうまく荷風を岡山へ追い返した、というのが本当のところでしょうね。荷風はかなりがっかりしたはずですが、その時、終戦の報が入り、事態は一変しました。

ぐらんぴ 2011年12月05日 18:41
雑司が谷の荷風の墓は父、久一郎の墓の横で何の変哲もない姿ですが、漱石の墓は見たとたん誰もがギョッとする「威風」をそびやかして建っています。荷風はそれをみて「なんて悪趣味だ。とても江戸ッ子とは思えない」と悪口を言ってるんじゃないかって気がします。実際、妙に悪趣味な墓です。漱石に罪は無いんですが。
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官能作家・館淳一。趣味は路上観察、雑学研究からセーラー服ウォッチング、美女装子探しまで、なんでも探索。
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