ぐらんぴ日記

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黄昏の旧六本木プリンス 2011年11月20日15:51

黄昏の六本木プリンス1

黄昏の六本木プリンス2


18日、買い物ついでの散策の途中、六本木交差点の向こうに聳えるビルが完成してるようなので、ふらふらと坂を溜池方向へと下る。つまり六本木3丁目の下、谷町方面に足を伸ばしてみた。
六本木でも3丁目を下ったほうはわりと人が行かない地域である。ごみごみした住宅街、私好みの陋屋が広がる。かつて谷町と呼ばれたとおり谷底にある地形だからである。


黄昏の六本木プリンス4地図

(↑六本木3丁目周辺の地図。空白部分が再開発地帯)


ところが六本木通り沿いの小さな商店街を潰し、その背後の住宅街を潰し、以前の共同墓地があったところを潰し、39階の巨大なタワービルが建った。
「六本木三丁目再開発」なる事業で、三井がデベロッパーで「THE ROPPONGI TOKYO CLUB RESIDENCE」という。

黄昏の六本木プリンス3(タワー)


こういう再開発はアークヒルズも泉ガーデンも六本木ヒルズも、みな陋巷地帯をぶッ潰す形で行われ、景観は一変する。(三井ミッドタウンは旧防衛庁敷地だったから陋巷街の損害?は少なかった)。どうも私は好きではない。陋屋が一掃されてしまう。
だから足が遠のいていたのだけれど、まあ、どんな具合になったのやらと、坂を下りていったのである。一年半ぶりぐらいかなあ。
六本木通り沿いにあった、小さな商店、飲食店、不動産屋などの並んでいたところがすっぱりと消えてビルのエントランスになっていた。その余波?を受けたのか、周囲のいくつものビルも姿を消していた。確かHMVの本社もあったはずだが、消えてしまった。

かつて私はこの坂をよく下ったことが二回ある。
一度は90年代に、身内が投資顧問サギにひっかかった。架空の株式売買に客を引き込み、損害を出させて追い証を払わせるサギである。そのトラブル解決のためにある民間人に依頼したのである。まあ分かりますね。紳助と似たようなものである。警察では相手にしてくれないトラブルをこまめに解決して利益を得ている組織。私の場合ヤクザ暴力団ではなかったけれど、まあやってることはヤクザと同じようなものである。事務所入るだけで殺気だっている。頭や手足に包帯を巻き松葉杖をついた若い衆がゴロゴロしてる。どこがヤクザ暴力団ではないのか私には分からなかったが、まあ追い証払えの強要だけでもストップさせて欲しくて依頼したのである(被害者の身内はそれでノイローゼになってしまった)。
その解決のため月に2、3度、その人の事務所(表向きは市中金融業)を訪問しなければならなかった。知らない世界で面白いことは面白いけれど、怖いことは怖い。いつも冷や汗をかきかき事務所を出てきたものだ。その事務所の入ったビルが、坂の下にあったのだ。
その事務所は移転し、あとに入ったのが、驚いたことにSMグッズ販売の『セビアン』だった。今は俳優座の近くに移ったけれど以前は坂を下ったところにあったのである。
そのビルが消えていた。まあ、足取りも重くドキドキしながら訪問していた場所でいい思い出がない。そのビルが消えても感傷はない。

もう一度、この坂をよく下ったのは、10年も前だろうか、関西から上京される演劇関係の人がいて、そのかたがよく六本木プリンスに泊まった。だから年に二、三度は坂をとことこ下って六本木プリンスを訪ね、ホテル内や近在のお店で食事をともにしたものだ。
こちらのほうは私にとって楽しい思い出だが、そのかたが演劇の世界から離れてしまうと上京される機会もなく、私も六本木プリンス周辺から足が遠のいた。
そして2006年のクリスマスを最後に六本木プリンスも営業をやめたと聞いた。

そんなわけで「ああ、あのビルも無くなったか」「あのレストランも無くなったか」と思い出に耽りながら下っていくと、かつての六本木プリンスに上がる坂のところに来たわけである。
ちなみにこの坂はとても大きなホテルに繋がるとは思えない細い小さな道で、たぶん大勢の人が迷ったと思う。

「いまどうなってるのかな~」と懐かしさに駆られて上ってゆくと、黄昏のなか落日を浴びて、かの黒川紀章設計になる建物が聳えていた。まあシティホテルとしては中規模のクラスなんだけどね。
しかし今は看板が変わっていて『ヴィラフォンテーヌ・アネックス』。背後の泉ガーデンにある『ヴィラフォンテーヌ六本木』の別館になってる。六本木プリンスの設備をそっくり受け継いだ、住友不動産による期間限定営業だそうだ。
ただし昔日の華やかさは感じられるものではない。館内にあった飲食店はすべて閉じられているようだ。単なる団体客専用の宿泊施設に落ちぶれたようで、聞くところによれば、中庭にあったプールも水は抜かれているという。


黄昏の六本木プリンス5プール

(↑かつての六本木プリンス中庭プール。側面が透明なので泳いでる人の水中姿を見ることができた)

ちなみにプリンスホテルとしての開業は1984年。バブルの全盛期は「ちょっと隠れ家的なシティホテル」ということで、夜遊び族にことのほか愛された。夜のプールは水中照明がされて幻想的だった。入ったことないけど。(笑)

住友不動産はいずれ、ここを取り壊すのだろうね。だから設備投資をしていない。まさにバブル時代の栄耀栄華の夢の跡として落日の残照を浴びている。その姿に私もさまざまなことを思い出し、シンミリしてしまったことだ。



イイネ!(7) こもも のぶ翁。 麻屋 寿@ロープ沖縄 Commander-紫弩 白馬 冴月さくら きた
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コメント

ぐらんぴ 2011年11月20日 16:46
ふと、このビラフォンテーヌ・アネックスの現在を検索してみたら、なんと、これを書いている今日、2011年11月20日をもって営業を停止、閉鎖されるという。
これに隣接してかつてアイ・ビー・エム本社があったが、今は移転してがらんどうである。つまり近隣一帯を含めてこのホテルも再開発の対象となり、取り壊されることになるのだ。住友不動産が買収したのであるから、デベロッパーは住友不動産なのだろうな。
黒川紀章の手になる名建築(の部類だろう)も、寿命27年で尽きるとはね……。

ぐらんぴ 2011年11月20日 17:19
しかし、あの中庭のプールで泳いでる人を見たのは一度だけだな。温水プールだから通年泳げたはずなのに。
なにしろ中庭だから周辺の飲食店からも、とり囲む客室の通路からも眺められる。しかも側面は透明。
「これでは、よほど自信のある人(スタイル、泳ぎ方)か、目立ちたがりの人でないと、泳げるものではないなあ」と思ったことだ。
もちろんバブル全盛の頃は、このプールも女子大生が芋を洗うように泳いでいたということだが。

未婚の父 2011年11月20日 17:35
>ぐらんぴさん
アイ・ビー・エム本社では、協力会社として働いたことがあります。
定期券の都合で、赤坂見附からアイ・ビー・エム本社まで歩いていたのですが、南部坂を下りながら「日比谷線に『南部坂駅』があればいいのに。アークヒルズ最寄駅にもなるし。ていうか、なんで日比谷線は霞ヶ関から神谷町を迂回するのだろうか?」と思ったものでした。
陋屋を惜しむぐらんぴさんとは違い、働いたことのあるビルを惜しむ人もいます。

ぐらんぴ 2011年11月20日 17:57
>未婚の父さん その頃はまだ溜池山王とか六本木一丁目駅が出来てなかった時代ですか。赤坂見附からだとショートカットしても遠いですね。
>陋屋を惜しむぐらんぴさんとは違い、
いえ、私も惜しむのは陋巷ばかりではなくて。(^_^;) 現実に訪ねたことのある、関係した建物を惜しむことも多いですよ。歌舞伎座とかね。(^_^;)

未婚の父 2011年11月20日 18:21
>ぐらんぴさん
》その頃はまだ溜池山王とか六本木一丁目駅が出来てなかった時代ですか。
はい、そのとおりです。帰宅時は、赤坂見附のキャバクラの客引きのお姉ちゃんが赤坂見附駅周囲にいっぱいいました。
ところで、本当に「南部坂駅」あればよかったと思いませんか?
(六本木一丁目駅がその役を担っているのでしょうが)


麻屋 寿@ロープ沖縄 2011年11月20日 19:49
元「感謝・奉仕」に仕えた人間として、とても寂しいものです。
>> 「これでは、よほど自信のある人(スタイル、泳ぎ方)か、目立ちたがりの人でないと、泳げるものではないなあ」
まさしく、そんなプ-ルでした。
ハイレグ全盛期でしたし。


未婚の父 2011年11月20日 20:45
>寿@麻屋 ロープ沖縄さん
あのホテルで働いておられたのですね。
そういう方にとっては、まさに「寂しい」ことでしょう。

プリンスホテルは、赤坂、六本木、横浜など、一時代の象徴のようなホテルを、惜しげもなく潰していますね。
北海道の炭鉱が続々と閉山していった姿のようです。

ぐらんぴ 2011年11月21日 11:37
このホテルは、以前、フィンランド領事館のものだった。一方、西武は昭和30年代に南麻布で開業していた藤ホテルを買収し、「麻布プリンスホテル」として営業させていた。私の義姉はそこで挙式した。1981年、西武資本(国土計画)は等価交換で麻プリを手放し、六本木3丁目の現地を獲得し、六本木プリンスを建設した。
土地の格としては麻布プリンスのほうが高かった。しかも旧鷹司家の土地である。それを陋巷の地と交換したのは、六本木の発展を睨んだうえでの戦略だったろう。
バブル期はそれが当たったが、バブル以後は周囲の環境の悪さ(アクセスが不便、眺望がよくない)が足をひっぱった。六本木交差点から人は下ってこず、アークヒルズから人は上がってこない。一番目立たない地にひっそり孤立することになったのだね。隠れ家ホテルとして徹するならそれでもよかったのだが、西武国土開発の業績不振が、累積する赤字に耐えられなかった。

ぐらんぴ 2011年11月21日 22:36
閉館目前に泊まった人の報告では、テレビが映らなかったらしい。ホテルでは「東京タワーが地震で壊れたため電波が受信できなくなった」と言っていたようだが、そんなのウソだよ。(笑)もしそうでもケーブルテレビにすればすぐ復旧できる。修理するお金も惜しかったんだろう。それでもヴィラフォンテーヌアネックスとしては、当初の900日限定営業を越えて1500日近く営業したことになる。(大震災後、給水設備故障で一ヶ月ぐらい営業休止したらしいが)栄光のバブル期ホテルは満身創痍状態で寿命が尽きた。写真を見ると外壁がかなり煤けている。

ぐらんぴ 2011年11月22日 12:48
黒川紀章、健在なりせば「なんで壊してしまうんだ」と、さぞ嘆いたことでしょうね。

小夏マーマレード 2011年11月23日 07:20
バブル期に女子大生~OLだったはずなのですが、六本木にプリンスホテルがあったなんて知らなかったです。もっとも私は、赤プリにも行ったことない人なんで(^^ゞ

バブル期は、真っ只中にいたはずなのに、遠い世界の出来事のような…。

自分が地味過ぎて、めまいがします

何やってたのかなぁ私
平凡が一番、倹約が美徳と教えられ生きて来ましたが、

いまさらですが、一つぐらい若い時に華やかな場所の思い出が欲しかったなぁと悔やまれてなりません…。
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