ぐらんぴ日記

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佐賀の七賢人 2011年10月18日

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昨日は時間ぎりぎりまで、「サンスポ性ノンフィクション大賞」の応募原稿採点。54作を読み終える。
16時半、腹へったなあと思いつつタクシーで大手町産経ビル。
ベテランの運転手さんに見えたから一発で連れてってくれると思ったら、近くまできてさんざん迷ってくれた。ナビを使っても迷うんだから困ったもんだ。いや、私もスパッと教えられないからダメなんだけど。あのビルの位置、何度行っても妙に分かりにくい。
サンスポ編集部についてから受け取っていなかった一作品を読む。
17時から会議室で睦月さんら4人の審査員で受賞作選考。1時間でスムーズに選考を終える。今年の金賞100万円は女性が獲った。性ノンフィクション大賞始まって以来の初めてのこと。
神田西口の居酒屋で打ち上げ。空腹でありついた鶏の唐揚げおいしゅうございました。しかし空腹すぎたため酔いが早くに発した。
二次会は睦月さんに誘われて銀座『シャルマン』。
二人でいるところにドヤドヤ入ってきた若いサラリーマンが睦月さんのファンで狂喜乱舞していた。
その彼が佐賀の出身だというので、「佐賀の七賢人を知っておるか」と問うと、分かりませんという素直な答え。うーむ、郷土が生んだ偉人のことを教わっていないのか。佐賀県の教育界は何をしているんだ。その七人とは……私もど忘れしてしまった。(*_*;)
すごいね。一人しか思いだせないんだから。
この七賢人については前に日記でも書いていた。そちらから引く。

江藤新平(えとう・しんぺい)

* 1834年佐賀郡八戸村(今の佐賀市八戸町)に生まれる。1871年に廃藩置県を行う。1872年に司法卿、1873年には参議に就任。1874年佐賀の乱で敗れ、刑死。

大木喬任 (おおき・たかとう)

* 1832年今の佐賀市水ケ江に生まれる。1868年に東京府知事、1871年に初代文部卿、1873年に参議、司法卿、1880年に元老院議長に就任。1899年に死去。

大隈重信 (おおくま・しげのぶ)

* 1838年に今の佐賀市水ケ江に生まれる。1870年に参議、1873年に大蔵卿になる。1882年3月に立憲改進党結成。同年10月に東京専門学校(現在の早稲田大学)を開校。1888年に外務大臣に、1898年に内閣総理大臣に就任。1914年には二度目の内閣総理大臣になる。1922年に死去・国民葬。

佐野常民 (さの・つねたみ)

* 1822年に今の佐賀郡川副町に生まれる。1855年に日本初の蒸気機関車模型を完成させる。1867年にパリ万博にて赤十字について知る。1877年に大給恒らと博愛社を創設。1880年大蔵卿に就任。1887年に博愛社を日本赤十字社と改める。1902年死去。

島義勇 (しま・よしたけ)

* 1822年に今の佐賀市に生まれる。1856年~1857年に北海道と樺太を探検・調査。1869年に北海道開拓使主席判官に就任し、札幌のまちづくりの指揮をとる。1871年に秋田県令(現在の秋田県知事)に就任。1874年に佐賀の乱で敗れ、死去。

副島種臣 (そえじま・たねおみ)

* 1828年に今の佐賀市に生まれる。1869年に参議、1871年に外務卿、1892年に内務大臣に就任。1905年死去。

鍋島直正(なべしま・なおまさ)

* 1814年に佐賀藩九代藩主鍋島斉直の子として、江戸に生まれる。1830年に佐賀藩の第十代藩主となる。武雄領主鍋島茂義の影響を受け開明政策を採用し、1834年に佐賀城下に医学館を建てる。(この後好生館と名を変え、今の佐賀県立病院好生館の原型となっている。)1850年に今の佐賀市に反射炉を建てる。1869年に北海道開拓使長官になる。1871年死去。


佐賀県人でもない私がなぜ七賢人など覚えているかというと、青山霊園内を散策しているとやたらでかくて目立つ墓があって、誰かいのうと見てみたら「大木喬任」とあった。墓碑銘を書いているのが副島種臣。調べてみたら「佐賀七賢人の一人」とあったので、全員を書き出してみたのだ。
佐賀県人でなくとも興味ある諸氏は記憶されてほしい。

写真はシャルマンで供された珍味『オーストラリア産ワニの舌のステーキ』。ワニの肉は食べたことがあるが舌は初めて。こりこりとしてプリプリして美味。


夜半過ぎ、睦月さんご帰還の豪華タクシーで西麻布まで送っていただく。帰宅1時。結局炭水化物をまったく摂取していなくてやたらに空腹。冷蔵庫から残りものを発掘して何とか腹に収めて眠る。
起きてみると、やはりいささか二日酔い。空腹にアルコールはやっぱりいかん。今日は休肝日。

イイネ!(5) 鵜木 かおる姫 ピンクの仔猫ちゃん 小夏マーマレード 冴月さくら
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コメント

ぐらんぴ 2011年10月18日 10:31
この七賢人を効率よく覚える記銘法はあるだろうか。
頭文字を五十音順に並べると「えおおさしそな」
並べかえて意味のある言葉になるかな。

ぐらんぴ 2011年10月18日 11:05
ふむ「おおなしさそえ」→「大梨誘え」。大梨という人を誘いなさいという意味。これを覚えておくのがまた一苦労だな。(^_^;)

ぐらんぴ 2011年10月18日 11:12
サンスポ性ノンフィクション大賞、応募総数は218作品。そのうち予選で55作品が選ばれたが、どうも全体的に芳しくないというのが選考委員全員の印象。ひょっとしたら予選段階でこぼれ落ちた秀作があるのではないか、と永田守弘先生はおっしゃっていた。部内で何人かが下読みするのだけれど、そこらへん網の目が粗いのではないだろうか。外部の下読みのプロに回したらどうかなあなどとおっしゃってた。同感である。まあ採用される落ちるというのは、時の運みたいなものがあって、才能以前に運不運が作用することが大きい。「運も才能のうち」と言われる所以だ。


むー 2011年10月18日 11:19
お疲れ様でした。私も少々二日酔い気味です。

ぐらんぴ 2011年10月18日 18:29
>むーさん 昨日はありがとうございました。

七賢人の覚えかた。もうひとつ、
「さしえおなおそ」→「挿し絵を直そ」

ぐらんぴ 2011年10月18日 19:51
佐賀の七賢人には番外編として田中久重がいる。からくり儀右衛門として知られる人物で、「東洋のエジソン」と称せられた発明家。エンジニア。長崎生まれなので七賢人と同列にはされなかったが、藩主鍋島直政に寵愛された。
のち田中製造所を起業、これが現在の東芝の基礎である。

未婚の父 2011年10月19日 00:51
からくり儀右衛門と言えば、日本の鉄道模型の始祖でもありますね。
(模型蒸気機関車を作った)

しのざき 2011年10月19日 03:19
私も佐賀県出身ですが、江藤新平と大隈重信しか知りませんでした(^^;)
反射炉跡地にある小学校で学んだのですが、殿様の下の名前は覚えてなかったりとか

ぐらんぴ 2011年10月19日 16:25
>しのざきさん 案外、地元というものは、そういうものですかねえ。直接会ったこともないし、その人のおかげで何か恩恵を受けたことでもなければ。

ぐらんぴ 2011年10月19日 18:26
私は札幌ですから、島義勇の名は親しいですね。札幌市街の設計者。のち「裏京都」として知られる。
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