ぐらんぴ日記

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私とテレビ 2011年10月09日

文芸家クラブの会報に寄稿を求められていたけれど、うっかりしているうちに締め切りが過ぎたので、そのままにしていたら先日、「原稿ください」と催促の電話がかかってきた。まだ間に合うというのだ(あの、締め切りは確か一ヶ月前だったんですけど(^_^;))。はいはい、では書きましょう。お題は『私とテレビ』。
じゃあまず日記に書いてみることにしよう。それを送ればいい。一挙両得。(^_^;)

『私と(洗脳装置としての)テレビ』
                     館 淳一
 私が生まれた時にはまだテレビというものが無かった。テレビが生活のなかに入ってきたのは小学校高学年、6年生ぐらいからではないだろうか。
 それ以前の電波メディアはラジオしかなかった。それもNHKの第一と第二だけである。黒柳徹子が子役の声優で『ヤン坊ニン坊トン坊』のトン坊をやってた。徳川夢声の朗読で『怪人二十面相』を聞いて死ぬほど怖かったりした、そんな世代だ。
 そしてテレビ放送が始まるのだが、いま頃になって考えてみると、テレビというのは子供にとって偉大なる洗脳装置だったとつくづく思う。私はテレビで洗脳された第一世代の子供たちだった。
 端的に言うと、テレビは私を、「アメリカが一番、ヨーロッパが二番、日本はどうでもいい」という西欧崇拝主義のような考え方にねじ曲げてしまった。
 戦後、マッカーサーが指導した占領政策の根本は、日本人に「アメリカを敬愛させる」ということだった。そのためにアメリカからじゃんじゃんハリウッド映画がもたらされたのだが、初期のテレビはそれに環をかけて私たち子供に「アメリカ、ヨーロッパは素晴らしい。日本は貧乏くさくてイヤだ」という思想を押しつける番組が氾濫したのである。
 すでに洗練されたテレビ文化をもつアメリカの番組は、ドラマにしろバラエティショーにしろCMさえも、日本の同種のものをクズ同然に見せた。役者の質が違う、見せ方の技術が違う、スタジオや背景への金や手間のかけかたが違う……。
 『ヒッチコック劇場』『コンバット』などに代表される当時の人気連続ドラマ番組に私はたちまち夢中になり、もう日本で作られるテレビも映画もエンターティンメントに関するすべてのものに見向きもしなくなった。 そう、私は「売国奴的非愛国西欧崇拝少年」としてテレビにからめとられてしまったのである。
 それまでは歌謡曲を聞き東映時代劇に夢中になっていたのが、もう音楽はアメリカンポップス(それからジャズ、ロックとつづく)、映画は洋画一辺倒、軍隊はアメリカ軍が最強、戦艦大和も零戦もペケ。小説もアメリカやイギリスのミステリ最優先。私のなかの最良のポルノ小説は『O嬢の物語』である。
 そんなふうにして私、完全に西欧かぶれで、日本の文化についてはあんまり興味も関心もなく育ってしまった。そしてそれは今も続いている。死ぬまで抜けないだろう。
 私のあと、日本のテレビ文化が成熟してきた頃に影響を受けた青少年は、バランスよく日本と外国の文化を受容して育ったのではないかと思われる。団塊の世代以後の人たちと昔のテレビの話をしてもサッパリ噛み合わない。これはもう仕方のないことだ。
 しかし私がそれほど欧米の文化に染まってゆく根本のところは、私が日本の最北端、稚内という辺境の地に生まれたからだろうと思う。辺境の地であればこそ文化の中心にあこがれる。その中心は遠ければ遠いほど理想的だ。テレビに限らず私が死ぬまで求めるのは「ここから離れた遠いところ=異国」の物語なのである。
 少年の日、アメリカ文化で溢れたテレビは、私にたっぷりとその「毒」を与えて私を欧米かぶれにしてくれた。そのことを私は別に反省も後悔もしない。今でも私が見るテレビはもっぱら外国のミステリシリーズか外国を旅する番組である。大本営発表の時代に戻ったニュースはもう見なくなった。 ネットがあれば充分である。テレビが遠くの国の物語をやってくれていれば、それで私は満足なのである。 (終わり)



イイネ!(6) 『新青年』 黒田 くまくま('(ェ)') Commander-紫弩 霞 きた 白馬
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コメント

ぐらんぴ2011年10月09日 22:08
しかし当時のテレビの影響について書こうと思ったら本一冊ぶんはある。とてもじゃないけど原稿用紙3枚では無理だ。

ぐらんぴ2011年10月10日 07:35
もう誰も読んでないだろうけど、自己れす。
いや、実はテレビが主題だからこうもっていっただけで、テレビだけが私を非愛国欧米崇拝少年にしたわけではない。主に映画なのだ。当時稚内には四つ映画館があって、邦画専門館は稚内劇場の1館だけで、日劇が洋画専門、名画座、北都劇場(北斗劇場かな)が混合館だった。結局洋画がかかる率が
大きい。これは進駐軍の通信部隊の基地があったからで、米軍兵士が洋画を(つまり本国の映画を)見に来るんである。だからハリウッド映画やら当時全盛のイタリア映画、フランス映画がバンバンかかった。テレビ見始めのころ、私は一人でこれら映画館に通って洋画をたんまり観てた。それが私の欧米崇拝を高めたんである。戦争映画でも出てくる日本軍はカッコ悪く描かれていたからねえ。(笑)本当の洗脳装置は欧米の映画だったのである。中学三年の頃はたぶん年に百回以上、通常二本立てだから二百本は洋画を観ていたに違いない。日本映画はほとんど記憶にない。

『新青年』 黒田2011年10月17日 09:43
 生まれた時からTVやビデオデッキが身近に存在していた(ギリギリ、レコード世代です)者としては、一般家庭への映像文化浸透やTV普及による情報サイクルの転換には興味があります。
 そこから、映画と大衆小説の関わり、作家と自作映像化による配給会社との利害関係、TVドラマと推理小説など、いろいろなテーマにアプローチもできますし、テレビの(一般家庭への普及を含めた)影響について書かれた文章は参考になります。
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