ぐらんぴ日記

mixi上で「ぐらんぴ」が書いている日記の引っ越し版です。文字サイズ変更できます。

嘘みたいな本当の話 2011年08月03日

しまった。応募しようとしていたが、締め切りを逃していた。
イーストプレスから出た
『嘘みたいな本当の話』(高橋源一郎、内田樹選)
もう2刷りになってるじゃないの。

http://www.eastpress.co.jp/shosai.php?serial=1320

まあ日常生活で体験した「あり得ね~」というような不思議体験を投稿するというもの。字数は1000字まで、短いぶんにはいくら短くてもいい、というのが twitter 的に気楽でいい。
応募要項
http://www.eastpress.co.jp/toukou/

私は締め切りを忘れて逃してしまったが、こういう話を書こうと思っていた。

大学三年の頃。一人で北陸から新潟を回る旅に出た。
その頃はカメラを持っていなかったこともあるが、カメラ持参の旅行を軽蔑するところがあり、「旅の情景風景は網膜から脳に刻みつけてやる」と思っていた。
今はもう物忘れがひどいが、まさかそんな脳になるとは思わない、自分の記憶力に自信過剰の思い上がった若者であった。
カメラは持っていないが、ノートは持っていった。その日その日の、わりと精密な記録をつけていった。だからそれを読み返すと、50年たった今でもありありといろいろな場所で見た光景を思い出すことができる。
ところが、なぜか一日だけ、その記録を読み返しても思い出せない場所がある。
能登半島の輪島を訪問した時のことだ。
前日の羽咋の宿のこと、海岸を歩いたことなどありありと思い出せるのに、輪島に到着してから投宿して、その夜から次の朝までの網膜的(光学的というか)な記憶が無い。
投宿した旅館の名前まで書いてある。『五十里屋旅館』(いかりやりょかん)だ。変わった名前だ。輪島市内で何を買ったか(『平凡パンチ』とか)ちゃんと出費もつけている。降りた電車の時間、乗った電車の時間も。
それなのに、行動に伴って見たはずの光景風景が思い出せない。甦ってこない。
輪島滞在に関しては、ほとんど何も網膜から脳に刻みこまれていないのである。
輪島から先はバスで狼煙という岬まで行った。そのことは覚えている。七尾に戻ってからのことも。すべての行程のなかで、なぜか輪島滞在についてだけ、なんの記憶もないのだ。
二十年ほどして、家人と共に車で能登半島をドライブして輪島を再訪したことがある。その時も市内に関して、何の記憶も覚醒されなかった。
どんなに変容していたとしても、再び訪問した土地は何がしかの記憶を呼び戻すはずなのに、輪島はまったく初めて訪問したとしか思えない土地であった。

この事実は、旅を終えて二、三年後に記録を読み返して自覚した。
まだ記憶力には自信があった時代だ。
必死になって思い出そうとしたのだが、何も思い出せない。
思い出せないまま今に至っている。
なぜ輪島での、まる一日ぶんの記憶がないのだろうか。

何かよほど恐ろしいこと、いやなことがあると、脳はその記憶を封印することがある。自分で記憶喪失してしまうのだ。
輪島で、何か事件があったのだろうか。
それだったら、後遺症があると思うのだが、翌日、私は平気で旅を続けている。
今もって不思議でならない。

イイネ!(3) くまくま('(ェ)') チヒロ(♂) かおる姫
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コメント

ぐらんぴ 2011年08月03日 03:46
その地で何か恐ろしい事件に遭遇したなら、出来事は忘れても、地名は忘れないのだから、それに反応する後遺症は残る気がする。「輪島」と聞いたり見たりしたらイヤな感情が沸き起るとか。そういうことはまったくない。

ぐらんぴ 2011年08月03日 03:51
ぐぐってみたが「五十里屋旅館」はヒットしなかった。
当時は予約などせず、駅から降りたら適当に近くの「商人宿」に投宿するのが常だった。(ユースホステルを使うこともあったが、いろいろ煩わしいので、その頃はめったに使わず、場当たり的に宿を決めていた)。
宿を決めるに至った理由、どんな人が応対してくれたか、どんなものを食べさせてくれたか、どんな場所にあってどんな建物だったか、旅館の名前を見ただけで全行程の宿のことは今でも思い出せる。輪島の五十里屋旅館を除いて。

むー 2011年08月03日 09:04
UFOにさらわれていたとか。

ぐらんぴ 2011年08月03日 10:36
>むーさん
アブダクションですか。(^_^;) 催眠術で失われた記憶を取り戻せるんですね。アメリカでそれが流行して、大勢のひとが「幼い時、UFOにさらわれた」体験を思い出して、大騒ぎになりました(たいていは親による性的虐待が変形した人工記憶だったんですが)。私も誰かにやってもらおうかな。

ぐらんぴ 2011年08月03日 10:36
いや、しかし、これはふつうの記憶力の持ち主にとっては​、「よくあること」なのかもしれない。毎日日記をつけて​いる人でも、ある一日の記述を読み返してみて、その情景​が思い出せない日というのは、あるかもしれない。あなた​も試しに、何年か前の日記を読み返してみてください。そ​れは確かに起きたのだけど、出来事の詳細が思い出せない​日がないか。

霞 2011年08月03日 11:07
わたしも、輪島の宿のことは、すっかり忘れています。
「お料理が、荒っぽかった。大きな宴会があって、女中さんがドタバタしていて落ち着かなかった」
と、あまりいい印象は残っていません。いきあたりばったりの旅だったので。

そばに「加賀屋」があったので、そちらにすればよかった、と主人と話した記憶はあります。

それより、わたしはローカル線が好きなので、いやがる主人に無理をいい時間の許すかぎりローカル線に乗りますが、七尾線に乗りこんできた下校時の中学生だか高校生だかの、図体の大きさに仰天した記憶ばかりが残っています。

記憶型ではないので、といえばカッコがつくかもしれませんが、記憶は、すべて主人任せです。

ぐらんぴ 2011年08月03日 11:10
>霞さま
記憶が薄い場所、出来事というのがありますね。
しかし私の場合、輪島に滞在していた時間ちゅうの、すべての記憶がとり戻せないのです。どんな旅館かもまったく思い出せません。そこが不思議なんです。

おねえちゃま 2011年08月03日 13:23
その宿は、人間を性の虜にする特殊工作の一端を担った宿で、たまたま泊まったうら若き青年を食事に混ぜた睡眠薬で眠らせ、強烈でヴァリエーション豊かな性知識を脳の深いところに植えつけた……SMも女装子趣味もみ~んな、そのとき植えつけられたものから始まっている。

なんてことだと、おもろいかしらん。

ぐらんぴ 2011年08月03日 13:23
考えられるのは、輪島に着いたとたん、​私の内側に眠っていた第2の人格(副人格)と主人格のそ​れまでの私が入れ替わった、ということなんですが。しか​し、旅程二週間のうち1日だけ人格が入れ替わったという​理由が分りません。
これまで67年の人生のうち、人格が入れ替わったのでな​いかと思わせる出来事は、一度も体験していませんしねえ​。どこにいるのだ私の副人格は。

ぐらんぴ 2011年08月03日 15:47
>おねえちゃま 似たようなので「将軍さまの配下に拉致連行されたのではないか」という説もありました。(笑)その説とおねえちゃまの説をミックスすると、その五十里屋旅館は将軍さまの配下たちが日本本土に設けた拉致連行のための隠れ基地であり、同時に未来の将軍さまのためのスリーパー(時期がくるまで活動しないスパイ)だった――とすれば、すべては解決…………しねえよ! 北朝鮮嫌いだもん。(;_;)←それは洗脳の期限切れだった。

ナゾマ2011年08月03日 16:37
 印象的な事がなければ、忘れていくのが脳のしくみですから、良い事も悪い事もなかったのではないかと思われます。
 普段の散歩と同じような感じで、過ぎていってしまったと……(汗)

ぐらんぴ 2011年08月03日 17:58
>ナゾマさん 変わりない日常の生活のなかであれば、昨日と同じ今日なら、記憶に留まることが少ないのは分かるんですがね、一度も訪れたことのない異境を尋ねて歩く旅の日々、毎日が初めて目にすることどもばかりなんですね。どこを訪ねるか、時間はどれだけ残っているか、お金の問題とか記念の品を買うかどうか、それ以前に何を食べるか、いろんな問題でアクセクしている。それがどうして脳に刻みこまれていないのか。
特にカメラを持たなかったというのは、カメラの変わりに自分の目で脳にしっかり記録してやろうじゃないの、という意気ごみを抱いていたわけで、ふつうの人が「ここで撮っておこう」という場所場所で目をカメラにするつもりで眺めで脳内シャッターを切ってきたのです。だから他の土地の記憶は確かに残っている。輪島市内でもたぶんそうしたはずです。ただ輪島に着いてから輪島を出るまでの間の記憶が残っていないのです。異境の地でなければ、他の土地でも残っていなければ、ナゾマさんの説で納得するんですけどね。なぜ輪島に関する部分だけ空白なのか。

ぐらんぴ 2011年08月03日 20:37
facebook のほうで「一過性全健忘」(いっかせい・ぜんけんぼう)ではないか、という指摘がありました。なるほど、この症状であれば、まる一日の記憶が残っていない、という理由が分ります。しかし発症はほとんど50代から、というのが……。私、その時は21歳でしたん。(;_;)

http://health.yahoo.co.jp/katei/detail/?sc=ST020390&dn=2


ぐらんぴ 2011年08月03日 22:57
ところが記憶というのは不思議なもので、まったく覚えていても何の役にも立たないどうでもいい日常の記憶が、ある日不意に甦ることがあるんですね。生まれてからのすべての記憶は脳細胞の死に関係なく、貯蔵されていると思える時があります。

ぐらんぴ 2011年08月03日 23:17
しかし「一過性全健忘」という「答え」が出てしまうと、私の体験は「嘘でもなんでもないつまらん本当の話」になってしまうので、投稿する価値もなくなってしまうねえ。(;_;)

ぐらんぴ 2011年08月04日 14:37
ただ一過性全健忘(TGA)を調べてゆくと、納得できない部分はある。ふつう、睡眠して目が醒めると回復している(ただし発作ちゅうの記憶はとり戻せない)。ならば朝、宿で目が醒めてからの記憶はあるはずなのだ。輪島からはバスに乗った(その旅程は日記に記されている)が、宿の記憶がどうしてもない。私の記憶が再開されるのは、バスに乗ったこと。そのバスで海岸線を走っていると眺めがいいところがあったので、途中下車して海岸を歩いたこと。そこからである。目が醒めてからもまだ、輪島にいる間の記憶は失せている。まるで「輪島市内にいる間のことは思い出すな」と誰かが命令したかのようだ。

ぐらんぴ 2011年08月07日 10:41
「50年前のことなら、忘れて思い出せないのがふつうだろう」と思われたかたがおられるかもしれない。よく読んでいただければ記述されているのだが、私が「輪島市内の記憶が一切ない」と気がついたのは、旅行して2、3年後、日記を読み返した時のことである。
日記に書かれている旅程を辿ると、どの土地であっても、さまざまな光景、風景、情景が脳裏に甦ってくるのに、輪島滞在に関してはまったく何ら想起されるものがないことに気付き、愕然としたのである。2年ぐらい前のことがなぜ思い出せないのか。手がかりになる記録があるのに、たとえば「五十里屋旅館」と記されているのに、その旅館がどういう建物であったか、番頭や女将がどんな人だったか、何も思い出せない。それが不思議なのである。カメラを持ってゆき撮影していれば、こんなことは起こらなかっただろうか。写真は「そこに私がいた」という逆アリバイの証明になる。しかし、写真があったとして、「こんな光景を見た覚えがない」と思ったとしたらどうだろうか。うーむ、考えてみればみるほど謎は深まる。
いや、私も前から不思議だとは思っていたけれど、こんなに深くは考えていなかった。『嘘みたいな本当の話』のネタとしてひょっと想起されたのが、この輪島事件(個人的な事件だ)なのだ。
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