ぐらんぴ日記

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荷風と勝本清一郎 2011年03月08日18:09

勝本清一郎

(荷風関連です。荷風に興味ないかたはスルーを)

「えーと、勝本清一郎って誰だっけ」

そう思われたかたは↓こちらを。

http://mixi.jp/view_diary.pl?id=1671245301&owner_id=170858
http://jun1tate.blog25.fc2.com/blog-entry-1789.html

続きを書こうと思って忘れかけていたら、小谷野敦(こやの・とん)『現代文学論争』(筑摩選書)の『方法論(三好―谷沢)論争 1977』の項にまた彼の名が登場してきました。
この論争は「北村透谷全集」を編んだ校訂者としての勝本清一郎の手法をめぐって争われたもので、小谷野氏はこう記しています。

>勝本清一郎(1899-1967)は慶應出身の文藝評論家、研究者だが、若い頃は『三田文学』に拠り、永井荷風門下として評論に健筆を揮っていたのみか、荷風の妻の藝者が離縁された後を引き継いで愛人とした。これがのち、文化功労者となる藤蔭静樹、当時藤間静代である。当時『三田文学』に勝本はこの女との生活を私小説として載せており、そこでは年上の静代のことを「おばさん」と呼んでいる。
 ところが今度は、徳田秋聲が、弟子であった元人妻の山田順子を年の離れた恋人にして、結婚しようとしたところを順子が勝本の許へ逃げるという事件が起き、のち『座談会 明治文学史』(岩波書店)で勝本は、静代と別れるためにやったと「自白」している。

(*小谷野氏は「藤間静代」と記しているが「静枝」が正しい。ここでは、なぜ「静代」なのかは不明)

どうも日本橋生まれの慶應ボーイで才気はあるわイケメンだわで女性にモテたタイプでしょうね。文学者ふたりの元妻と愛人とを自分のものにして、しかも自分からは惚れたはれたと言ってない。イヤなやつだ。「もてない男」の小谷野氏はなぜこんなやつを評価してるのか。(笑)

ともかく、「荷風から妻を譲られた」と書かれていた前の文章に続いて、また勝本清一郎についての文章が目に留まったということは、あの世の小谷野氏が(まだ死んでないけど)「勝本清一郎を忘れるな」と言ってるのだと受け止めて調べてみました。

小谷野氏が言及している『座談会 明治文学史』は岩波の現代文庫で出ている『座談会 明治・大正文学史』でしょう。前回書いたとおり、私はこれを(4)まで持っていたので、改めて読み直してみました。
「静代と別れるためにやった」なる発言は、どうも見当たりません。この座談会は(6)まで発売されているので、残り2冊にあるのかどうか。

勝本清一郎氏は、大学などの組織に属したことのない、終生在野の人だったようですが、近代文学研究家としては非常に高い評価を受けていますね。私は無知無学にしてほんとにこれまで知らなかったのですけれども(目にしてても秋庭太郎氏ら荷風研究の権威と違って、強く記憶にとどまらなかったんですね)。
彼と山田順子のことに関しては下のブログを。
山田順子は、大正時代の松田聖子だったのですかね。(笑)

http://blog.nagii.org/?day=20080528

調べて分かったところでは、確かに勝本氏は「三田文学」に拠っていたのですが、現役教授だった頃の荷風との接点はありません。
荷風が三田の慶應にいたのは、明治43年(1910)32歳~大正5年(1916)38歳のほぼ7年間。勝本氏は明治32年(1899)生まれですから、荷風が慶應を去る大正5年としても16,7歳。文学部フランス文学科、永井荘吉教授の謦咳には接することはできません。しかし「三田文学」関係の集いで40代、男ざかりの荷風の、元気な姿を数回は見ていると言っています。
ですから勝本氏と荷風の直接的な師弟関係というのはなく、氏が荷風崇拝者であったことは間違いないにしても、その関係は一方的な「私淑」の域を出ていないと思われます。

さて、年表によれば、荷風と静枝(八重次)の離婚は大正4年(1915年)。荷風は37歳、静枝は、えーと、彼女は1880年生まれですから、この時36歳。この静枝と勝本氏が出来てしまったのが大正10年(1921)です。
勝本氏はこの時、22歳の慶應学生(のち大学院に進む)、静枝は43歳ですか。実に20歳ぐらい男が年下の関係だったわけです。
荷風との離婚から6年めです。どの段階で知り合ったか分かりませんが、ここで分かることは、

荷風が静枝を譲ったわけではない。

ということですね。女性との出入りが激しかった荷風は6年も前に家を出ていった後妻のことなど、気にもかけていなかったことでしょう。
そして、

荷風は勝本清一郎のことも気にかけていなかった。

これも、ほぼ確実だろうと思います。勝本氏は「荷風の弟子」を自認していたにせよ、荷風のほうではまったく歯牙にもかけていなかったふうなのです。まあ『三田文学』に書いている人物として名前と顔ぐらいは覚えていたにしろ。
どれぐらい歯牙にもかけていなかったか、というと、『断腸亭日乗』に彼の名前は一個所しか出てこないことで分かります。
それも後妻だった八重次=静枝に関しての項目。

昭和3年1月19日の記述から抜粋します。

「是夜太牙女給仕人の語る所によれば、藤間静枝とその若き情夫勝見某との艶聞報知新聞紙上に掲載せられたり、數日前のことなりといふ、余は平生新聞を手にせざるを以て何事も知らざりしかが、女給の談話によりて數日前静枝の余の許に突然寒中見舞の手紙寄越せし所以を知り得たり。」

(*太牙は銀座の「カフェ・タイガー」のこと。ここはホステス=女給仕人が客を接待してくれました。いまで言えばレストラン+酒場+キャバクラみたいな所でしょうか)

「その若き情夫勝見某」とあるのが勝本清一郎氏ですね。なぜ勝本が勝見になっているのか、これも分かりません。荷風に何か考えるところがあったのか、あるいはテンから名前なぞ覚えてなかったのかもしれません。それぐらいの浅い関係(荷風からみれば)。

「その若き情夫」としてでしか記述が無いのですから、勝本清一郎氏も悔しい思いだったではないでしょうかねえ。その一個所にしても正しい名前ではない、とくるんですから。(笑)

そしてこの年の10月には、若き勝本氏は静枝を捨て、前述の山田順子と一緒になってしまいます。どうも年がずっと上の静枝との仲は、しっくりゆかなかったようです。でも43歳の熟女と22歳の大学生。当初は、性的には燃えたんじゃないでしょうか。(^_^;)

直接の指導は受けてなくても私淑の師である人物の、その妻だった女性を抱く、というのは、若き勝本氏としては感慨深いものがあったはずです。当然ながら荷風との生活もいろいろ聞き出していて、座談会ではいたるところにその知識を披露しています。
前の日記に書いた荷風のフェラチオ好きを「異常性欲」と見なした部分も、たぶん静枝との寝物語で得た知識でしょう。
見ようによっては「静枝を下世話部分のネタ元にした」ともとれますね。イヤな部分を書かれると荷風ファンとしては心おだやかならずといったところが無きにしもあらずです。(^_^;)

まあ、この二人の関係は勝本氏が『三田文学』に掲載したという三本の短編を読んで理解するしかないのですが、うーん、該当の『三田文学』、どこで読めるかしらね。

残る問題は、小谷野氏がなぜ「荷風から譲られた」と書いたか、という問題ですね。小谷野氏は私の知らない情報を知っていて(当然だ)、それに拠ってそう書いたのか、あるいは単なる言葉のあやなのか。
ご当人に質問するのが一番てっとり早いんでしょうが、あまりにも違う世界の人ですし、学識は山のようにお持ちの人。恐れ多くて恐ろしくて、とても質問なんて出来ませんね。 twitter でフォローしてる仲なんですけれども。

荷風から見た藤間静枝の人となりですが、荷風は昭和15年12月1日の『日乗』に、非常に詳しく記述しています。ご興味のあるかたは参照されてください。

なお、藤間静枝が藤蔭静枝、のちには藤蔭静樹(ふじかげ・せいじゅ)と名乗るようになった経緯もここになんとなく記されていますが、藤間流の名取りだった彼女が芸者(八重次)になったことで、古参弟子から苦情が出たのが原因のようです。当時、名取りが芸者になってはいけないという流派内の定めでもあったのでしょうか。

(画像は晩年の勝本清一郎氏)

コメント
イイネ!(3) 猫神博士 小夏マーマレード 冴月さくら
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コメント

霞2011年03月08日 22:04
山田順子氏のお嬢さんを知っています。
順子氏もカクやとおもうほどの、多情なおくさまでした。
もと出版社社長のご主人は、高円寺でスタンド・バーをなさっていましたが、おくさまの行動には、手がつけられず放任しておられましたネ。

ぐらんぴ2011年03月09日 03:39
>霞さま
おお、それは何たる奇遇というか何というか。(*_*;)
戦後の人は山田順子なんて名前は分からないでしょうけど、戦前は竹久夢二が熱をあげ、浮き名を流してマスコミがいろいろ騒いだひとらしいですね。
多情の血はやはり母ゆずりだったんでしょうか。
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