ぐらんぴ日記

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永井龍男が見たもの 2011年03月07日12:07

永井龍男へっぽこ先生

永井龍男

眠れないまま枕元にあった永井龍男の随筆集『へっぽこ先生その他』(講談社文芸文庫スタンダード)を流し読みしていたら、こういう部分が目に飛び込んできた。

>ある日曜のこと急用が出来て、銀座のビルへ呼ばれた。七、八階のビル全体をその会社は使っていたが、日曜天国など出来ない頃で、銀座の街もビルの内外もきわめて静かであった。私を呼んだ男はまだ来ていないで、その部下が三階の応接室へ裏口から私を案内した。(中略)私が先に到着したことを、その部下は大変申し訳ながって少々気分が上がっているようだった。念のため電話で連絡を取ると言って引き下がったきり、しばらく姿を見せない。(中略)かなり広い応接室の椅子の一つに私はかけ、レースのカーテンをしたままの窓から、向こうのビルに日が当たっているのを、ぼんやり眺めていた。(中略)このビルに、その男のほかに誰かいるのかどうか、実に静まり返って、外を通る自動車の音もない。大きなテーブルに椅子が六脚、その一つに私はかけている。このテーブルの上で、ある書類について相談をうけることになっていたが、閉じ篭めた室のにおいはするし、手持ち無沙汰の限りであった。(中略)仕様ことなしに両肱をテーブルに突いて、天気予報どおり帰りは雨になるか、日曜の銀座はどこも休みで、ハイボール一杯呑むところもあるまいし、その上雨ときてはと思って、何気なく室のうちを見まわしかけたのだが、私はその時、私の前の三つの椅子に、洋服を着た中年の男が三人、同じ静座の姿で私に向かいてかけているのを見た。冷水を浴びせかせられたようとよく形容するが、私の体は金縛りにあったように硬直して、しばらく自失の態であった。そこへ、申し訳ない申し訳ないを繰り返して、私の友人とその部下があわただしく入ってこなければどうなっていたか、後々になってみると、むしろ残念でないことはない。あれは死霊であったのか、生霊であったのか。
(身辺即時「死霊・生霊」(昭和50年8月『太陽』所載)

幽霊(のようなもの)を見る人は多い。幽霊でなくても「この世ならぬ者」を見る人は多い。私は一度もない。だからこういう場合「幻視だろう」と考える。医学的には非常にリアルな人物の幻視を見る場合があり、それは認知症患者に多い。「レビー小体型認知症」と言う。当人は見たのは「実体」だと思っているから、看護する人間との間に齟齬が生じる。
ただし永井龍男はこの頃、70歳を超えていたにしても非常に壮健で、86歳まで生きて心筋梗塞で死んだ。最後まで精神は明晰であった。レビー小体型の幻覚とは思われない。
しかし友人と部下が入ってきた時に瞬時に姿を消したのだから、幻覚か幽霊かどちらかだ。永井は小説家であるからウソを書くのが商売ではあるが、これは身辺や回想などを交えたエッセイだからウソを書いたとは思えない。幽霊のウソならもっと怖がらせるように書くだろう。

「幻視」なんてめったに見るものではないだろう、と思うだろうが、これが案外、見る人が多いのだね。一番よく見られるのが「小人(しょうじん)幻視」というやつで、これはネットのあちこちでよく体験談が報告されている。主に幼少期の時に、身長が数センチから数十センチのおじさんというかおじいさんを見る症状。どうもディズニーのアニメ『七人のこびと』のような感じらしい。愛嬌があるのか、その小人を見て驚いたり怖がったりはしないことが多い。ただ「確かにそこにいたのを見た」という映像的な記憶はあるのに親に話しても信用されない。ふつうは虚言と思われるか、親によっては子供の精神異常を疑うこともしばしばだ。
しかし、永井龍男が見たのは「洋服を着た男が三人、椅子にかけていた」のである。実物大である。よくある小人幻視ではない。
一番説明がつけやすいのは、あまりにも手持ち無沙汰なので脳が活動を停止して一種の白昼夢を見ていたのではないか、ということだ。いわゆる入眠時幻覚
 面白いのが「冷水を浴びせられた」ような恐怖感を覚えたにもかかわらず、「友人と部下が入ってこなかったら、どんなことが起きただろうか」と考えていて、邪魔が入ったことを残念がっていることだ。

さて、私は入眠時幻覚にしろ、これほどハッキリと「この世ならぬ者」を見た体験は無い。気配のようなものはあるのだが。
諸君はどうだろうか。

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コメント

天音@わらねこ2011年03月07日 12:41
天音は座敷わらしが見えました。
実家の10畳の和室に、おねぇちゃんはいつも、遊びに来てくれた。

母は襖に向かって独り言をいう娘を自閉症ではないかと心配してたらしい。

ある日、おねぇちゃんは、もう、会えないと言って、いなくなった。


後年、子供達がその座敷に泊まったとき、おねぇちゃんは遊びに来たらしい。
二人の子供は、それぞれに夢を見たと思ったみたいなんだけど、内容が一緒。

兄貴にも、兄貴の息子たちにも見えなかったのにね。
ちょっと嬉しかったな。

ぐらんぴ2011年03月07日 13:13
あ、幽霊については、一度、書いていた。

http://mixi.jp/view_diary.pl?id=525383100&owner_id=170858
http://jun1tate.blog25.fc2.com/blog-entry-1163.html

呂◆gQikaJHtf22011年03月07日 14:19
たしかにレビー小体タイプの認知症ですと発病して数年で死亡してしまいますね。

どうも、幻視って聞くとすぐに側頭葉てんかんを疑ってしまうという職業病が発動されてしまいます。

あとは薬物&アルコールの離脱状態かしら・・・

ぐらんぴ2011年03月07日 15:33
>天音@わらねこさん
座敷わらしと会いましたか。これも年齢が極限された幻視のようで、大人が見ることはありません。小人幻視の一種なんでしょうね。その資質が遺伝しているのかもしれません。霊的存在の一種だとも考えれば考えられるんですけどね。同じ場所で別の人物が見るというのは。霊的存在のほうが話としては面白い。(笑)

sizuru2011年03月08日 00:56
 前回の幽霊の話、2007年ですね。懐かしい。
 自分がコメントしていたのを改めて読んでみて見ると、この永井氏の体験も『脳内のヴァーチャル空間で起きた事象』という考え方も成り立つかな、という気もします。つまり永井氏、この時『それと気づかずうとうとしていた』と。
 『金縛りにあったように硬直』の一文がそれを補完するという見方はどうでしょう。

 何もかも夢、と言っちゃうと夢もロマンもない気がしますが、脳内の架空世界にこそ何者かが入り込む、と考えれば……。

ぐらんぴ2011年03月08日 14:51
>呂◆gQikaJHtf2さん
側頭葉てんかんの場合の幻視って、どんな幻視なんでしょうか。神秘体験みたいなもの?

> sizuru さん
そうなんですね、金縛り体験(と同時に現われる幽霊幻視)はレム睡眠時の筋肉弛緩によるものでしょうね。ほとんど共通しています。

おもしろいのは(体験した人は面白くないでしょうけど)、幽霊が現われて金縛りにあった人は、そのあと怖くて怖くて寝られなくなるんじゃないか、目が冴えてしまうんじゃないか、と思うんですが、その恐怖のさなかにまた寝てしまい「気がついたら朝だった」ということが多い。(笑)
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