ぐらんぴ日記

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『KAGEROU』のシール(2) 2010年12月21日17:30

KAGEROUノンブル


前の日記で、
『KAGEROU』の末尾に訂正シールが貼られたのは、実は遊びである。

そう主張する編集者の意見を紹介。
私は本当に誤植だったのか、遊びだったのか、判定は出来ないと書いた。
しかし、そのあとで「やはり遊びで貼ったのかな」と思う気がしてきた。

実は『KAGEROU』ではもう一カ所、読者を惑わす「ミス」部分があるのだ。

29ページと30ページ、裏と表のページのノンブルが手書き文字なのである。

ノンブルというのはページを示す数字である。
これが誤植されるというのは、無いことはないけれど珍しい。
たいてい自動的に打ち込まれる数字なので、人為が働く場所ではないからだ。
印刷の都合上、16ページあるいは32ページが一挙に刷られる。その間のノンブルだけ間違うというのは「わざと」でないかぎり発生しないと言ってもいい。
(ごくたまに台(折)を間違えて16ページないし32ページぶんを飛ばしてしまうということはある)
あるページのノンブルが入らなくて、あとで手書き入力して印刷に回した――ように見えるけれど、現状の印刷工程ではそんなこと起こりっこないのである。

ではなぜ、29ページと30ページの部分だけ手書き数字なのか。

これは物語のなかで出てくる、主人公と少女の間で了解しあえる、大事なノンブルなんである。暗号に等しいというか。
「29ページと30ページ」
そう言うことで二人の間であることが了解される。

となれば、29と30というノンブルだけ、他と違った形にしてみたくなるではないですか。子供っぽいといえば子供っぽいけど。
水嶋ヒロがそんなことを呟いたら、編集者が「それ、いいですね。やってみましょうか」と答えて、本来のフォントのノンブルを削って手書き数字に置き換えた。

――こう考えるのが一番筋がとおっていると思う。
それが「うーん、面白い」と思わせるか「なんだ、こりゃ」と思わせるか、効果のほどは定かではないけれど。

しかし、こういう遊びが一カ所で行なわれたということは、
「この本の印刷に関して、遊び心が発揮された部分がある」
すなわち
「作者なり編集者なり社長なりは「遊び心」を持っていた」
ということになる。

であれば、
「訂正シール部分も遊び心の発揮である」

そう結論づけてもいいような気がふっとしたのである。
まあ、こっちは本当のミスだったかもしれないのだが、
少なくともこの本を作った人たちのなかに「遊び心」がある人間がいたことは間違いないのだ。
コメント
イイネ!(1) 鈴木輝一郎
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コメント

おねえちゃま2010年12月23日 02:25
意外と反応乏しかったですね、このネタは。

私の周囲(大手も含めての編集者)でとても面白かった反応が、「自分では買いたくない」でした。
誰かが買ったのを借りて読む(ぐらんぴさんもそうだったみたいだけど)というのが主流で、小説編集者の反応は、セカチューより酷かったですね。

かくいう私も、やっぱり買ってないし、まだ回ってこないので読んでないんですが、キャリアある某文芸編集者のコメントでは「一次選考も通さない」と。
その時点で、いろいろなものが見えてくると思いませんか?

ぐらんぴ2010年12月23日 03:49
>おねえちゃま
発売前から「クロウト筋」に「期待されない度」がこれほど低い作品というのも珍しかったような。(^_^;)
発売されてからも、一般の批評よりも編集者、いわゆる読み手側の批評は辛口に終始しているようです。
編集関係側からは「これが文学賞のレベルか」という、既存の芥川賞直木賞、あるいは各文芸雑誌の新人賞のこれまでの受賞作に比して判断しているんだろうなあと思います。そういう物差しで批評されると、確かに箸にも棒にもかからないかな、とは私も思いますけど、大賞受賞作という評価のされかたをさておいて、単に観賞すると、けっこう読ませると私は思いましたね。何よりもこのテーマで一編書き上げたところをおおいに評価したい。

実作者のほうからの評価はあまり聞きませんが、たぶんまだ読んでないという人が多いと思う。中森明夫だけは真っ先に買ってよんでかなり好意的な評点を与えています。後半、少女との出会いでは泣いたと書いている。
私は泣くこともないですが、笑うこともなく、なるほどなるほどと思いながら読み終えましたね。傑作ではないけれどこてんぱんに言われるほどの悪評でもない。なマンガの原作のようだと言われるけれど、そのレベルとしてはまずまず肉薄しているんではないかと思います。(藤子不二雄の『笑ゥせえるすまん』の喪黒福造めいたキャラクターにしたほうがいいとか、細かい注文は山ほどありますけどね)。最近の私はなかなか1冊の長篇を書く気力に欠けているので、単純に水嶋ヒロが自分でアイデアを掴み、いろいろ考えながらともあれ一本の長篇に仕立てたというのに単純に感心してます。他にいろいろ優秀な作品があったろうというのは、それは選考の過程は読者の問題ではないので、とにかく私は提示された作品を読んで、「ライトノベル分野での作品に与える賞としたい」とポプラ社が考えているのであれば、それに適した作品ではないかな、と思います。

おねえちゃま2010年12月27日 03:00
でも、やっぱり買いたくはないんですよぉ。

というのは、作品内容は置いても、やっぱりどこか、同業者として版元のあざとさが見えるから。マスコミへのリークも受賞後の内容に関する秘密主義も、ポプラ社の「大賞」(けしてラノベの賞ではない)があの作品で最後で、違う方向にシフトしてたりとかね。
ポプラ社ってそういう会社だったっけ?みたいな。

今は文芸オンリーの編集者とは言えない私ですが、話題になって売れることが、一般読者としては「正しい」と言えても、知りうるかぎりの総体の中で、やっぱり文学を守っていかなきゃいけないという気概もあるもので。

読んでから、ゆっくり論議したいですね。
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