ぐらんぴ日記

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エリザベス・エドワーズの遺書 2010年12月11日14:04

elizabeth_edwards_died.jpg

以下の全文は来週火曜日以降、JMMのホームページから読めるのですが、思うところあって全文を転載しておきます。

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■『from 911/USAレポート』第488回

「ある親日家の死、電子書籍で読むエリザベス・エドワーズ女史の遺言」

 12月6日の月曜日、一つのニュースが全米を駆けめぐりました。それは2004年の大統領選で、ジョン・ケリーの副大統領候補として善戦し、2008年にも予備選を戦った政治家ジョン・エドワーズの夫人、エリザベスさんについてのニュースでした。エリザベスさんは、2004年の選挙終了時点から乳ガンの闘病を続けていたのですが、今回は医師団から「これ以上の治療は無意味」という告知を受けた、そんな短いニュースでした。

 ニュースの中にあった医師団の見解では「余命は月単位で語るというよりも週単位だろう」という文言もあり、人々はこの苦難に満ちた女性の死を覚悟したのですが、翌日になるとこの報道は間違っていたことが分かりました。週単位というのは結果的には意味のない表現であり、翌日の7日には訃報が全米に伝えられたのです。享年61歳。

 どうしてこの政治家の奥さん以上でも以下でもないエリザベスさんの死が全米で注目されたのでしょう。それは彼女が歩いた道が余りにも苦難に満ちていたからです。エリザベスさんと、ジョン・エドワーズは法科大学院時代に知り合って結婚し、夫は医療関係の訴訟における派手な法廷弁論で大成功し、妻は破産法などの専門家として活躍するという「おしどり弁護士夫婦」でした。経済的にも恵まれた生活がそこにあったのです。ですが、まず第一の悲劇が彼女を襲いました。

 1994年に最愛の長男ウェイドさんが交通事故で亡くなったのです。彼女の落胆は激しく、仕事は辞めて一日に一度はウェイドさんの墓で時間を過ごし、それ以外は何をすることもできずに天気予報の画面を見つめるだけの日々を一年近く過ごしたのだといいます。夫婦はそうした危機に対して、考えられる限りの決断を下しました。
夫のジョンは、カネのための法廷弁護士を辞めて政界を目指す、弁護士としては旧姓を使っていたエリザベスさんは夫を全面的に支えるため夫婦別姓を止めてエドワーズ姓を名乗る、更には「笑い声に満ちた家庭」を取り戻すために不妊治療を受けて子供をもうける、という通常では考えられないような決定をしたのでした。

 結果的に夫は連邦の上院議員の座を勝ち取り、可愛い小さなお子さん二人にも恵まれて危機を乗り越えることができたように見えました。ジョンは民主党の副大統領候補の座まで上り詰めたのです。ところが、そこへ第二の危機が襲いました。2004年に大統領選が終わった時点で、エリザベスさんは乳ガンの罹患が見つかって闘病生活が始まり、2006年までには回復が認められたものの、2007年には骨髄を含む全身への転移が見つかって「治療は可能だが完治は不可能」という宣告を受けたのでした。

 それだけではありません。2008年から09年にかけては第三の危機が訪れました。選挙運動中に知り合った女性との夫の不倫が発覚し、更には隠し子の疑惑、夫の公私に対するその否定と最終的にはその女性の子供の認知という泥沼劇は、タブロイド判の新聞に格好の話題を提供する形になりました。ジョンは政治生命を絶たれる一方で、エリザベスさんは好奇の目に晒されると共に、子供の死、自身の闘病、そして夫の裏切りという「三重苦」を抱えて闘う「聖女」というイメージでも見られていったのでした。

 訃報を受けて、CNNなどは大きな特集を組んで故人を偲んでいましたが、その中で個人的にも親しかったという政治評論家のキャンディ・クロエが「彼女の文章は本当に素晴らしかった」と言っていたこと、そしてそれにアンダーソン・クーパーなどの若いキャスターも同意をしていたこと、そのCNNはエリザベスさんの紹介にあ
たって「政治家の妻、政治運動家、そして著述家」という紹介の仕方をしていたのが私には妙に引っかかったのです。

 私は彼女が自伝的なエッセイを出していたのは知っていましたが、恐らくはゴーストライターの企画を許可した程度のものと思っていたのです。ですが、クロエやクーパーが「素晴らしい文章」というのを聞いて興味が湧いたのでした。出張直前という事情があって、時間のなかった私ですが、エリザベスさんの著書は簡単に手に入りました。まずiPadを使ってアップルの「iBooksストア」でサーチしたところダメだったので、同じiPadに入っているキンドルのアプリで調べると簡単に本が手に入ったのです。思い立ってから僅か3分という素早さでした。

 キンドルのアプリは本格的に使ったのは初めてでしたが、非常に画面が読みやすく、英語の本だとどうしても日本語のような速読の出来ない私ですが、実にスムーズに読み進めることができました。『リジリエンス(回復)』と題されたこの本は、しかし大変に重たい内容でした。エリザベスさんにとって「回復」というのは、折り曲げた紙をもう一度伸ばしてみて、折り目の傷は消えていないが平たい紙のように戻ってはいる、そんな状態だというのです。つまり「完治」や「快癒」ではない「ある重荷を背負っての回復」です。

 エリザベスさんは、まずお父様が脳内出血で倒れたときのシーンを詳細に描写します。そこで医師は「お父様は脳死状態です」と宣告するのですが、エリザベスさん一家は頑として認めなかったそうです。その結果、お父様の意識は奇跡的に戻り、身体機能は100%戻らなかったけれども以降18年間の老後を全うすることができたのだそうです。その生活面での支障を抱えながらも、新たな時間を獲得したお父様の老後が自分の「リジリエンス」の原点だと書いています。

 そうなのです。長男の死も、自身のガン闘病も、これと同じであってもはや平癒ということは望めない、長男の死は受け入れて背負って行くしかないし、自分のガンは完治は難しいので闘っていくしかない、それが「リジリエンス(回復)」なのだというのがこの本の一貫したテーマでした。最後の部分では夫の裏切りについての怒りや落胆が正直に述べられた後で、最終的には自分が新しい人生に向かっていくために離婚を前提とした別居に入ってゆくこと、同時に新たな人生のテーマとして家具販売店を立ち上げようとしていることが述べられています。

 そこに生への意志と希望が託されている、そうした強いトーンがそこまでの「傷を背負ったままでの回復」とは違う「ちから」を感じさせる点も、読み物としてたいへんに説得力がありました。そうは言っても本の一番終わりの部分には「最後には平安(peace)があればいい。それで十分なのだから。」という言葉で締めくくられて
おり、2009年の時点でエリザベスさんが明らかに期を意識していることは明白でした。重たい内容というのはそういうことです。

 私がこの本を読んだのには、もう一つの目的がありました。それはエリザベス・エドワーズという人が「日本」をどう考えていたのかという点です。エリザベスさんは、小学校から高校にかけての多感な少女時代の9年間を日本で過ごしています。米軍のパイロットであったお父様の勤務の関係なのですが、この時代について以前にTVで語っていたのは「自分はアメリカから遠く離れてアメリカの流行も知らず寂しい少女時代を過ごしました」「結果的にアメリカ恋しさから英語の文学を読みふけっていたのです」というコメントで、そこには親日家のムードはあまり感じられなかったのです。

 ですが、さすがに9年という時間は長いわけで、自伝的エッセイには何か出てくるのではないか? その期待は十分に、いや十二分に満たされました。エリザベスさんは、著書の中の一章を丸々使ってある日本人女性の人生を丁寧に描いていたのでした。その人は「トシコさん」といって、美しい芸者さんだったそうです。幼いときから華やかな芸妓の世界に憧れて、10歳の時に故郷の広島から京都の祇園に入門、舞妓さんとして修行の後、藤間流の日舞を極めるために東京で学んでいたのだそうです。そのトシコさんは、1945年の8月6日に偶然帰省していて爆心地近くで被爆していました。

 原爆の熱線のために着ていた着物の柄がそのまま皮膚に焼き付くと共に、大きなケロイドも残ってしまったトシコさんは、芸者さんとしては働くことができなくり、
日舞と三味線の「お師匠さん」としての第二の人生を歩むことにしたのだそうです。
当時はお父様の勤務の関係で岩国に住んでいたエリザベスさんは、お母様の薦めもあって妹さんと一緒にこのトシコさんに入門して日舞と三味線の稽古をしたのだそう
です。

 それは1950年代の末で、当時広島の町にはそうした明らかに被爆者であると分かる人々が沢山いたのだそうです。エリザベスさんのお母様は、さすがに幼い娘たちには資料館へ行くことは許さなかったそうですが、町の様子、トシコさんをはじめとした被爆者の傷については包み隠さず娘たちに見せ、説明もしたというのです。まだ小学生のエリザベスさんでしたが、トシコさんの話から原爆の悲惨さを学びつつ、傷を負っても気丈に生きていたトシコさんの生き方から「回復(リジリエンス)」のちからを学んだのだといいます。

 勿論、エリザベスさんは「軍人一家」の娘であり、原爆投下への批判であるとか、現在進行形での反核といった文言は出てきません。ですが、行間には原爆投下への怒りがあるのは明白でした。そのように言外に意を含む書き方についても、日本の影響が感じられるように思うのです。

 この本の第四章は全てこの「トシコさん」に関する記述で埋められているのですが、これを読んで私は激しい後悔の念を抱かされたのでした。エリザベスさんの中には、間違いのない「日本」が生きていたのです。それは、被爆の痕跡を隠さずに日舞を教え続けるトシコさんの気丈さであり、その立ち居振る舞いにある美学であり、その美学の中にある「ある強さ」がトシコさんに「第二の人生」を生きさせる強さになっているという理解でした。

 基地内での生活についても書かれていますが、印象的だったのは「調布」の高校生の時にチアリーダーをしていて、丁度フットボールの試合を応援しているときに、お父様がやってきて「今から当分ベトナムだ」といって別れを告げてクルマに乗り、去っていったというエピソードです。その後の後半戦、高校生のエリザベスさんは泣きながら応援を続けたのですが、周囲の人に対して自分がどうして泣いているのかは説明できなかったのだそうです。

 勿論、軍人の娘としてガマンしていたのだということだと思いますが、その「自分が泣いていることの本心を周囲には理解して貰えない」感覚が、今の「三重苦に苦しむ自分」と「周囲」の距離感と重なってくるのだというのです。「聖女エリザベス」というイメージは本当の自分ではない、その思いが本を書く動機になったというのですが、これも偽らざる感想なのだと思います。

 文中にある日本文化に関する表記が正確なことも含めて、このアメリカで最も有名な女性の一人の精神の中には「日本」が脈々と受け継がれていたのです。ベトナムへ旅立つ父を泣きながら見送った「調布」という場所も、何度も本に出てくるのを見れば、この女性にとってはある種「帰っていく場所」のようにも思われます。そのことをインタビューしてみたかった、その強い思いはしかし永遠に不可能になってしまったのでした。後悔とはそういうことです。

 もう一つの発見はこの古風な「元文学少女」がIT技術と意外な親和性を持っているという点です。まず1994年に亡くなった長男のウェイドさんは大変優秀な高校生で、94年の時点でインターネットにかなり理解を示していたのだそうです。そのウェイドさんを偲んで、エリザベスさんは母校の高校に「コンピューター・ラボ」を寄贈して、今も活動が続いているそうです。また、苦難の時期には多くの人から送られたEメールに励まされたことも多かったと述べていますし、亡くなる前日に「医師団からの宣告」を受けたと公表したのも自分のフェイスブックのアカウントからでした。

 その意味で、この『リジリエンス』は電子書籍で読まれるのが極めて自然なのだと思います。ちなみに、少女時代にエリザベスさんが読みふけっていたのはヘリー・
ジェームスだそうで、その早熟な文学体験が、こうした様々な苦悩を言葉として吐き出させる原点になっていたのでしょう。文章としては、かなり練り込まれた読み物になっています。クロエやクーパーの言うように、最後は著述家としてこの人は逝ったのだと思います。
(引用終わり)
====================

電子書籍で読まれるべきかどうかはともかく、日本語訳が待たれますね。芸者の「トシコさん」のその後も知られるべきでしょう。
↓は筆者の情報です。

冷泉彰彦(れいぜい・あきひこ)
作家。ニュージャージー州在住。1959年東京生まれ。東京大学文学部、コロンビア大学大学院(修士)卒。著書に『9・11 あの日からアメリカ人の心はどう変わったか』『「関係の空気」「場の空気」』『民主党のアメリカ 共和党のアメリカ』などがある。最新刊『アメリカは本当に「貧困大国」なのか?』(阪急コミュニケーションズ)(http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4484102145/jmm05-22 )
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