ぐらんぴ日記

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仏前のスイートピー


12月30日は先考の命日だった。
先考というのは「亡父」ということで、漢文的な言い方である。
永井荷風は父親の久一郎が「禾原」(かげん)と号した漢詩の大家であったことから漢文の素養もなみなみならぬものがあり、日記(断腸亭日乗)には漢文的な言い回しが非常に多い。「先考」というのもその一つである。
例として大正7(1918)年正月2日の項を挙げる。

「正月二日。暁方雨ふりしと覚しく、起出でて戸を開くに、庭の樹木には氷柱の下りしさま、水晶の珠をつらねたるが如し。午に至つて空晴る。蝋梅の花を裁り、雑司谷に往き、先考の墓前に供ふ。音羽の街路泥濘最甚し。夜九穂子来訪。断腸亭屠蘇の用意なければ倶に牛門の旗亭に往きて春酒を酌む。されど先考の忌日なればさすがに賤妓と戯るる心も出でず、早く家に帰る。」

亡父が先考なら亡母は何なのだろうか。日乗には「亡き母上」としてしか書かれていなかったような気がする。

父が亡くなったのは昭和51年、1976年であった。享年65。
母によれば、父がまだ30代の頃、易者だろうと思うが旅の占い師が一夜の宿を求めてきたので泊めてやったところ、「お礼にあなたの将来を占ってあげよう」と言い、占った結果を「あなたの寿命は63歳だ」と告げて去ったという。
数年後、その占い師がまた宿を求めてやってきて、再び占ってくれたそうだが、その時は人相を見て「あなたの行ないがよろしいので寿命は65に伸びた」と言ったそうだ。
65で父が逝ったとき、母親は「当たった」と思ったそうだ。まあ30代で60代で死ぬの死なないのと言われてもピンとこないだろうが、考えてみれば怖い話だ。

昭和の20年代ぐらいのことだが、当時は旅から旅へと移動して歩く易者、行商人、香具師のたぐいは旅館に泊まるよりも地方の有力者の家に泊まることが多かった。
ぼくが子供のころは僧侶だの力士だの「裸のおじさん」だの、いろんな人間が泊まっては去っていった。彼らからいろいろなことを教わった。子供の社会教育的としてはじつに有意義なことであったな。(笑)

父の霊前に花を手向けるべく、近所の花屋に赴く。
目にとびこんできたのは白い可憐な花。「これがいい」と思った。
スイートピーであった。カミサンが「春の花ですよ」と言った。
実にいい匂いがした。

父が逝ってもう30年が過ぎた。33回忌の法要をすませるのが子等の願いである。
昨今、親は晩婚でしかも長生きするから、子供が親の33回忌を迎えるのはまず難しいのではないだろうか。あなたのところはどうだろう?
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官能作家・館淳一。趣味は路上観察、雑学研究からセーラー服ウォッチング、美女装子探しまで、なんでも探索。
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